大阪地方裁判所 昭和26年(行)15号 判決
原告 中津川正雄
被告 大阪市警視庁警視総監
一、主 文
被告が昭和二十五年十一月四日大阪市警視庁警察職員審判委員会の勧告に基き原告に対してなした懲戒免職処分はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を永め、その請求の原因として、
「原告は昭和四年八月一日大阪府巡査として採用され、同年十一月三十日警察練習所を卒業し、大阪府天王寺警察署を振り出しとして各署に勤務し、昭和二十三年三月大阪警察局が新設されるとともにその職員として採用され、(その後大阪市警察局は大阪市警視庁と改称)同年七月二十六日警部補に昇任し、同時に中央方面搜査部第二係港警察署派遣となり勤務中、被告は大阪警視庁警視正訴外山瀬鶴夫外二名を以て構成する原告を被告発人とする懲戒事案審判委員会の勧告に基き原告を懲戒免職処分に付した。しかしながらこの処分は左の理由により取消さるべきものである。即ち右懲戒事案の内容は、(1)昭和二十二年秋頃知合いとなつた(訴外)平瀬正夫及びその妻まつ子と交際するうち、平瀬が在不在中に拘らず屡々同家に宿泊する等のため本年四月頃になつて遂に平瀬より両人に肉体関係ありと疑惑を持たれ交際を拒絶されるに至つたが、その後も数回同家を訪れ、又六月頃偶然新世界で出遇い飲食中を平瀬に見られて更に疑惑を深くし、(2)又平瀬が詐欺師で且つ博奕打であることを知つていながら敢て金品の貸借をなす等警察吏員としての襟度を忘れふさわしくない行為のあつたものであるというのであるところ、
(一) 大阪市警視庁基本規程(以下単に基本規程と略称する)第百三十六条第二項、警察職員懲戒規程(以下単に懲戒規程と略称する)第二十五条第三項の規定によれば、被告発人には全証人を対決させなければならず、また被告発人がその欠席中審問を行うことに対し同意書を書かない限り、その欠席中証人から証言をとることはできない。にもかかわらず前記審判委員会は昭和二十五年十月三十一日本件懲戒事案の審問において告発人として立会つた訴外石田監察課長をして証人訴外平瀬まつ子の供述調書の要旨を読み上げさしただけで、同証人と原告とを対決せしめず、また右供述調書は被告発人たる原告のいないところで同訴外人の証言をとつたものであるから、この審問手続は前記規定に反し違法であるといわなければならない。
(二) それのみならず前記基本規程第百三十六条第一項前段、懲戒規程第二十五条第一項の各規定によれば審判委員会は審問中は綿密且つ公正な調査をするためあらゆる努力をしなければならないものであるにもかかわらず、前記審判委員会は前記審問において前記のとおり告発者訴外石田監察課長をして証人訴外平瀬まつ子の供述調書の要旨を読み上げさせたほかは、原告の要求にかかる証人訴外木本梯治、盛喜祐吉を尋問し、原告に対して二、三の質問をなしたのみで審問を終了しこれに基きたやすく原告を有罪とし、懲戒免職を相当と表決したのであつて、右の程度を以てしては到底綿密公正な調査のためにあらゆる努力をしたとしがたいから、この点においても審問手続は違法であると云わなければならない。
かりに右主張が理由がないとしても、
(三) 前記基本規程第百三十七条第一項後段、懲戒規程第二十六条第二項の各規定によれば懲戒事案の審判委員会は被告発人が有罪と裁定されたときはその事案の性質及び被告発人の警視庁における過去の成績素行を基として免職、転職、減給その他の懲戒処置を討議し表決すべきであるところ、原告としては前記本件懲戒事案は全く身におぼえのないことであり、かりに右事案のごとき事実が存在したとしても、前記のとおりの経歴をもち、警察職員として実に二十数年の長期間にわたり終始無事故で恪勤精励し、右の間犯罪検挙、服務成績優良のため搜査部長賞及び署長賞を授与されたこと五十回を超え、警察部内での各種試験には首席抜群の成績を以て一貫したものであり、彼此比較秤量するとき原告に対する懲戒は減給、戒告程度が相当というべきである。しかるに前記審判委員会がした懲戒免職処分相当との裁決は右規定の趣旨にかんがみ、裁量の範囲を超え過重のものであつて違法のものであり、この裁決を実施した被告の本件懲戒免職処分もまた違法といわなければならない。
よつて被告に対し本件「懲戒免職処分の取消を求めるため本訴に及んだ。」と陳述した。
(証拠省略)
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告の主張事実中、原告が大阪市警視庁警部補の職にあつたこと、原告が昭和二十五年十月三十一日原告を被告発人とする原告主張の懲戒事案につき同警視庁警察職員審判委員会(委員長同警視庁警視正訴外山瀬鶴夫)の審問に付され、その結果同委員会が原告を有罪と裁定し、懲戒免職処分相当との裁決勧告をなし、被告が右勧告に基いて同年十一月四日原告を懲戒免職処分に付したこと、はいずれも認める。
被告のなした本件懲戒免職処分に原告主張の如き違法の点はない。すなわち、
(一) 原告は右委員会のなした審問手続は基本規程第百三十六条第二項、懲戒規程第二十五条第三項に違反してなされた違法の手続であると主張するのであるが、右各規定中、被告発人には全証人を対決させなければならないとある全証人というのは、委員会の審問当日出頭した全証人をいうのであつて、このことは委員会が呼出に応じない証人を出頭させる強制力をもたない点からみて明白である。本件審問当日訴外平瀬正夫、平瀬まつ子について原告より要求はなかつたのであるが、委員長訴外山瀬鶴夫はこれを審問する必要ありとして呼出したのであるが、同訴外人等は右期日に出頭しなかつたので原告と対決させることができなかつたのであつて、この点につき原告は当時何等の異議を申立てなかつた。さらに右各規定中、被告発人がその欠席中審問を行うことに対し同意書を書かないかぎりその欠席中証人から証言をとることはできない。というのは審問期日に被告発人が欠席した場合の審問に関する規定であり、本件審問当日被告発人である原告は出頭していたのであるから右の適用はない。
(二) 次に原告は本件審問手続は基本規程第百三十六条第一項前段懲戒規程第二十五条第一項に違反してなされたものと主張するのであるが、もともと懲戒事案に関係のない者を証人として召喚しないことが原則であり、本件懲戒事件に関係のある訴外平瀬正夫、平瀬まつ子に対し前記の如く委員長は呼出をなしたのであるが、同訴外人等は出頭しなかつたのでこれらを出頭せしめるにつき強制力のない委員会としてはあらかじめ調査にあたり録取しておいた訴外平瀬まつ子の供述調書を朗読提出させて採証の資料とし、原告の要求した証人訴外木本梯治、盛喜祐吉を尋問し、さらに原告に対しても質問をなし随時発言の機会を与え最終の陳述をなさしめたのであつて、原告は右以上の証拠調を求めず何等の異議を申立てなかつたのであるから、審判委員会としては綿密公正な調査をするためにあらゆる努力をなしたもので何等右規定に違反するところはない。
(三) さらに原告は、本件懲戒免職処分は基本規程第百三十七条第一項後段、懲戒規程第二十六条第二項に違反し裁量の限度を超えた過重違法な処分であると主張するのであるが、警察職員という特殊な公職にあるかぎり厳格な分限に服すべきことは当然であり、前記審問にあらわれた証拠により原告が有罪と裁定されたことは正当であり、この認定事実に見られる原告の行為は警察職員としての襟度を忘れこれにふさわしくないものと云うべきであり、もちろん過去の職務上の成績は斟酌せられるけれども、その信賞必罰は自ら他の一般公務員と程度を区別しなければならない。したがつて委員会が右有罪の裁定の上に立つてなした懲戒免職処分相当との裁決は裁量の限度における適法なものであるから、右裁決を実施した被告の本件懲戒免職処分は適法であつて、原告の請求は失当である。」と述べた。(証拠省略)
三、理 由
原告が大阪市警視庁警部補の職にあつたこと、原告が昭和二十五年十月三十一日原告を被告発人とする原告主張の懲戒事案につき同警視庁警視正訴外山瀬鶴夫外二名を委員とする審判委員会の審問に付され、その結果同審判委員会が右事案について原告を有罪と裁定し懲戒免職処分相当との裁決をなし、被告が右裁決の実施として同年十一月四日原告を懲戒免職処分に付したことはいずれも当事者間に争がないから、右懲戒免職処分に原告主張の如き取消原因たる違法の点があるか否かを判断する。
(一) 原告は本件審判委員会の審問において被告発人である原告と証人とを対決させなかつた違法があると主張するのであるが、審判委員会が証人を出頭せしめるにつき法規上何等の強制的な権限のないことに鑑み、基本規程、懲戒規程中に被告発人と対決させるべきことを規定した証人とは審問期日に任意に出頭した全証人と解すべきであつて、出頭に応じない証人との対決を要求するものと解することができない。そのように解するのでなければ審問手続を適法に終了することが不能になる場合さえ考えられるのに、かような場合に対処する規定が前記各規程中に設けられていないところを以て見ても右の如く解しなければならないといわなければならない。当事者間成立に争のない乙第一号証ならびに証人松隈勲の証言によれば訴外平瀬正夫、平瀬まつ子は証人としての呼出に応じなかつた事実を認め得るのであるから、これらの証人となるべかりし人と原告とを対決せしめずに審問を終結したからといつて違反とはいえないし、右乙第一号証によれば本件審問においては出頭した証人盛喜某その他の証人と原告とはいずれも対決させたものであることを認め得るのであつて、他に右認定を左右する証拠はない。このような場合に被告発人である原告が自ら証人を同行するから、再度の審問を望む等特段の要求をなしたと認めるべき証拠のない本件においては、右証人を原告に対決せしめなかつたことを以て右各規定に反する違法の手続とすることはできない。さらに右各規定中に、被告発人がその欠席中審問を行うことに対し同意書を書かないかぎりその欠席中証人から証言をとることができない、とあるのは審判委員会のなす審問期日に被告発人が欠席した場合に限り適用をみるものと解すべく告発人が審問期日外において取調べた関係人の供述調書といえども、審問期日において朗読する等の方法によりこれにつき適法に証拠調のなされた限り、これを証拠に供することは禁止すべきものと考えられないから、被告発人である原告自ら本件審問期日に出頭した事実を認めている本件審問手続には右規定の適用をみないのであつて、成立に争のない乙第一号証、第四号証(この両証拠が日付に一日食違のあるのはいずれかの誤記と認める)によれば、本件審問において告発人は審判委員長の求めにより告発人が予め審問期日前に取調をした際の平瀬まつ子に対する第一回供述調書を朗読したものであることが認められるから、これを判断の資料としたことを以て違法であるということはできない。結局原告の(一)の主張はいずれも採用することができない。
(二) 次ぎに基本規程第百三十六条第一項前段、懲戒規程第二十五条第一項によれば、審判委員会は審問中は綿密且つ公正な調査をするようあらゆる努力をしなければならない、のであるが、訴外平瀬正夫、平瀬まつ子の出頭がなかつたため、委員長訴外山瀬鶴夫は告発者訴外石田監察課長をして訴外平瀬まつ子の供述調書を朗読させて採証の資料とし被告発人である原告の要求にかかる証人訴外木本梯治、盛喜某に対して委員会の審問がなされたことは原告の認めるところであり、前顕乙第一号証によれば右両証人に対して夫々本件懲戒事案に関する範囲で十分な審問のなされたことが認められ、また被告発人である原告にも相当の発言の機会が与えられ、現に原告が懲戒事案についてまたそれに対する自己の意見につき十分に陳述をしている事実が認められるのであつて、他に右の認定をくつがえす証拠がない。ただ右乙第一号証によれば前記のように本件懲戒事案につき最も重要な証人である訴外平瀬まつ子及び平瀬正夫が出頭していなかつたことが認められる。このような場合、審判委員会としては特段の事情のないかぎり、これら証人に再度の呼出をなすため日をあらためて審問を続行するなど、なお適当な措置を講ずることがより慎重穏当であつたと見られないことはないけれども、このことがなかつたからといつて直ちに違法とすることもまた行き過ぎた解釈の嫌があるわけであるから、結局前記認定の事実程度の審理を以て右規定の趣旨に従う努力をしたものと認めるのが相当であると解せられるので、原告の(二)の主張もまた採用することができない(但し、成立に争のない乙第二、五、六、七号証によれば本件懲戒事案につき、告発人は関係人の取調の結果として平瀬正夫第二回調書、平瀬まつ子第二回調書、原告に対する第一、二回調書を作成していたことが認められるにかかわらず、乙第一号証によれば本件審問においてこれらにつき何等の証拠調のなされた形跡のないことは、これなくして乙第一号証により適法に証拠調の行われたと窺われる程度の証拠から本件懲戒事案につき有罪の裁定を敢えて下した事実と相まつて甚しく遺憾といわなければならないところである。)。
(三) 最後に原告は、本件懲戒免職処分は基本規程第百三十七条第一項後段、懲戒規程第二十六条第二項に違反し裁量の限度を超えた過重違法の処分であると主張するのでこの点について考えてみよう。およそ懲戒事案の処理にあたつては、まず事案の存否につき客観的に妥当な判断をなし、その判断の上に立つて所定の懲戒処分中これに相当する処分を選択すべきものであつて、事案の存否判断において著しく妥当を欠き、又は処分の選択を誤り過重に出ればその処分は違法というべく、処分の選択における相当性は、事案の性質、程度、被処分者の職務内容、それにもとずく分限の程度、職務経歴、勤務成績、改悛の程度等について検討を加え、よろしく社会通念により判定すべきところである。然らば本件懲戒事案について原告を有罪と裁定した本件審判委員会の判断は果して妥当であろうか。
事案(1)について、前顕乙第一号証及び成立に争のない乙第二号証の一、二、第三、四、六号証に証人戸高義篤、平瀬正夫、及び訴外平瀬まつ子の証言並びに原告本人訊問の結果をあわせ考えると、原告と平瀬まつ子との交際は昭和二十二年秋頃原告が訴外戸高義篤を通じて訴外平瀬正夫、平瀬まつ子夫婦と知り合うに至つたことに始まり、原告と訴外平瀬まつ子とが共に鹿児島県出身であることから親しく交際するようになり、同訴外人も原告が妻とわかれ男手一つで五人の子を養育している事情より原告に同情を寄せていたこと、そのうちに原告が或は訴外平瀬夫婦を、或は正夫不在中訴外平瀬まつ子を数度にわたつて訪問して共に飲食、宿泊することがあつたこと、訴外平瀬正夫がこれらのことから不当に原告とまつ子との間に性的関係ありとの疑惑を抱くに至り昭和二十五年四月頃同訴外人は原告に交際を断つことを申入れたこと、その後同年七月二十四日過頃原告と訴外平瀬まつ子とが新世界において偶然出会い飲食店で飲食するに至つたが、この現場を折悪く右のような疑念からまつ子を尾行していた訴外平瀬正夫に見られ同訴外人をしてさらに右の疑念を深くさせたことを、それぞれ認めることができるのであつて他に右認定を左右する証拠はない。そうだとすると、右のような交際事情から訴外平瀬正夫がその妻の素行に疑念を抱いたというだけで直ちに原告に警察職員にふさわしくない非行ありということができるのであろうか。勿論最高の道徳的標準を以てすれば非番の日とはいえ日中人妻と飲食することは愚かしいことといえるかも知れない。然し通常人としてこれを見れば(警察職員といえども通常人である)甚しく非難するには当らないのではないか。これを要するに本件懲戒事案の(1)は訴外平瀬正夫の嫉妬心に出でたものであつて、故意に原告がこれを挑発したことの認められない本件においては、これを懲戒事由として採用した審判委員会の断定は違法というの外はない。事案(2)について、前出乙第四号証、成立に争のない乙第五、七号証に証人平瀬まつ子及び原告本人の供述を考えあわせると、原告が昭和二十四年夏頃、訴外平瀬まつ子に金六千円を貸与し、また同訴外人より海水着を借りたこと、同年末頃同じく女子の正月用衣類を借りたことが認められるけれども、訴外平瀬正夫が賭博や詐欺の常習者であることはこれを認めるに足る証拠はなく、いわんや原告が同人夫婦と交際するに至つたのはさようなことを知つての上ではなく、前認定のような事情によるものである。もつとも成立に争のない乙第八号証の二によれば訴外平瀬正夫が近隣で多少風評のよくない者であつた事実を認め得るのであるが、かかる場合警察職員という公職にあることによつてその個人の社会的私生活面の自由を多少犠牲に供しなければならないものとしても、同訴外人と原告との交際するに至つた事情が前認定の通りである以上、これを甚しく非難することは当を失しているものといわなければならないし、また前認定の金品貸借の関係も右交際より派生したものと認むべき以上同断とせねばならないから、事案(2)についても原告に警察職員としての襟度を忘れ警察職員としてふさわしくない行為があつたとすることはできないのであつて、これと異る見解に出た本件審判委員会の裁定は違法といわなければならない。
以上の通りであるからこの違法な裁定に基く審判委員会の裁決勧告の実施としてとられた被告の本件懲戒免職処分はその余の判断を加えるまでもなく違法であるから、これを理由に本件懲戒免職処分の取消を求める原告の本訴請求は正当であり訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 浜本一夫 岩本正彦 麻植福雄)